金平糖、対称性の自発的な破れ

金平糖の話は、「対称性の自発的な破れ」について言及した文章ではないだろうか。南部先生よりも早いかな?

物理学では、すべての方向が均等な可能性をもっていると考えられる場合には、対称シンメトリーの考えからすべての方面に同一の数量を付与するを常とする。現在の場合に金米糖が生長する際、特にどの方向に多く生長しなければならぬという理由が考えられない、それゆえに金米糖は完全な球状に生長すべきであると結論したとする。しかるに金米糖のほうでは、そういう論理などには頓着とんちゃくなく、にょきにょきと角を出して生長するのである。
 これはもちろん論理の誤謬ごびゅうではない。誤った仮定から出発したために当然に生まれた誤った結論である。このパラドックスを解く鍵かぎはどこにあるかというと、これは畢竟ひっきょう、統計的平均についてはじめて言われうるすべての方向の均等性という事を、具体的に個体にそのまま適用した事が第一の誤りであり、次には平均からの離背が一度でき始めるとそれがますます助長されるいわゆる不安定の場合のある事を忘れたのが第二の誤りである。
 平均の球形からの偶然な統計的異同 fluctuation が、一度少しでもできて、そうしてそのためにできた高い所が低い所よりも生長する割合が大きくなるという物理的条件さえあればよい。現在の場合にこの条件が何であるかはまだよくわからないが、そのような可能性はいくらも考え得られる。
 おもしろい事には金米糖の角の数がほぼ一定している、その数を決定する因子が何であるか、これは一つのきわめて興味ある問題である。
 従来の物理学ではこの金米糖の場合に問題となって来るような個体のフラクチュエーションの問題が多くは閑却されて来た。その異同がいつも自働的に打ち消されるような条件の備わった場合だけが主として取り扱われて来た。そうでない不安定の場合は、言わば見ても見ぬふりをして過ぎて来た。畢竟ひっきょうはそういうものをいかにして取り扱ってよいかという見当がつかなかったせいもあろうが、一つにはまた物理学がその「伝統の岩窟がんくつ」にはまり込んで安きを偸ぬすんでいたためとも言われうる。

寺田寅彦 備忘録