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檜山さんが面白い日記どこが面白いの?可逆計算 -- コンピューティングと北極グマ - 檜山正幸のキマイラ飼育記を書いていたので、それに関連して、
Szilard's engineの有名な式、
 \Delta W = \int_{v/2}^V p(v)dv=k_B T \int_{v/2}^V dv/v = k_B T ln 2
について、何かが言いたくなった。

ことの発端はマクスウェルが提案した一見熱力学第二法則を破る悪魔(マクスウェルの悪魔)の話だ。
解説はWIKIマクスウェルの悪魔 - Wikipedia(不満がある解説ではあるが‥)に任せてしまって、感想を。

今回、参考にした論文は、「MAXWELL’S DEMON, SZILARD’S ENGINE AND QUANTUM MEASUREMENTS: Wojciech Hubert Zurek」
Maxwell's Demon, Szilard's Engine and Quantum Measurements

Wojciech Hubert Zurekの研究を知ったのは、朝倉物理体系20現代の物理学の歴史1の3.1 マクスウェルの悪魔と量子計算の歴史(細谷暁夫)にWojciech Hubert ZurekのSzilard's engineの量子バージョンが紹介されていたからだ。

しかし、本を読んでもいまいちわからないところがあったので、原著にあたった。

ここで、簡単にマクスウェルの悪魔について簡単な解説をしよう。
マクスウェルの悪魔とは、
http://homepage.mac.com/mike1336/md/app/j001_050/28_MaxwellsDemonP/MaxwellsDemon.html
にあるようなことをする悪魔。

速い粒子だけを選別して、遅い粒子とわける。その結果、片方の部屋の温度が上がり、もう一方の部屋の温度が下がる。これは明らかに熱力学第二法則に反した結果で、どこに問題があるのかが1867年の提案以来長い間議論されていた。

1980年のベネットの論文The thermodynamics of computation—a review | SpringerLink(まだ読んでない。)以前は、悪魔は物を見るために光を使わなくてはならないので、悪魔が粒子を観測する時にエントロピーの上昇が起きると考えられていた。ベネットはそうでなく、悪魔が記憶を失う時にエントロピーが上昇することを示した。

ベネットの論文は研究室のサーバーが落ちていて今は読めない。後で直そう。

おそらく、観測行為が可逆的であることを示したのみであって、物理的な機構までは踏み込んでいないのではないかと思う。

マクスウェルの悪魔は考えるのが面倒なので、それと等価で簡単な問題に置き換えて議論される。それがSzilard's engineだ。

要するに気体分子が一つしかない箱を考え、それを板で仕切ることを考える。

この種の議論はなかなか厄介で、気体の話をしていたのか、一つの粒子の運動の軌跡について考えたのか、エントロピーについては、熱力学的に定義したのか統計力学的に定義したのか、はたまたシャノン流に定義していたのかが、入り乱れていて、これらは物理学者の直感によって正当化?されているのだが、議論の本質を見えなくする。

いわば、それぞれの性質のいい所どりで話が進むのでパッチワークな感じがして、一貫性がない。

統計力学的なエントロピーとシャノン流のエントロピーは数学的に等価なので問題がないが、熱力学的なエントロピー統計力学的なエントロピーの同一視は、仮説にすぎない。平衡系では過去の研究の成功によって裏付けられているに過ぎず、非平衡系についてはどう定義してよいか分かってない状況だ。

理想としては、色んな定義を入り乱れさせるのではなく、一つの見方から議論できるのが良い。

細谷さんの解説記事ではWojciech Hubert Zurekの量子論的なSzilard's engineのユニタリー発展性が(c)の過程で失われるという説明であった。(wikiの絵を拝借)

それはそれで納得したのだが、(a)の過程(仕切りを入れる)ではどのようにユニタリーな発展が記述できるかが不明であった。(すべての可逆操作がユニタリーでかけるわけではない)

そこで、「MAXWELL’S DEMON, SZILARD’S ENGINE AND QUANTUM MEASUREMENTS: Wojciech Hubert Zurek」
[quant-ph/0301076] Maxwell's Demon, Szilard's Engine and Quantum Measurements
を読んだのだが、Wojciech Hubert Zurekはユニタリー発展について、述べてはいなく、むしろ相互エントロピーをもって、悪魔と気体分子の相関を考えて議論していた。

(a)の過程では、エントロピーが上昇しないのは熱力学的に可逆変化であると述べているにすぎない。

僕が想像していた最高のストーリは
「密度演算子のユニタリー発展が(a),(b)のステップで記述できて、(c)では射影演算子が作用しますよ。そこで、エントロピーが上昇します。」
だったのだけれど、そういう風になっていなかった。
大体、(a)のステップのユニタリー発展がどういう風にかけるかが分からなかった。

そういう意味では細谷さんの解説は議論のユニタリー発展で議論するさいのウィークポイントをスキップしているので、良い解説とは言えない。

一方、Wojciech Hubert Zurekの解説は、量子力学を用いることによって、気体分子の運動学的な描像をSzilard's engineから排除することに成功はしたが、熱力学と統計力学(≒シャノンエントロピー)を織り交ぜての議論であり、どちらかに限るころができたならば、
 \Delta W = \int_{v/2}^V p(v)dv=k_B T \int_{v/2}^V dv/v = k_B T ln 2
のすっきりした解答になっていたと思う。

統計力学は熱力学の再現性というところのみで信頼性が担保されているに過ぎないので、熱力学の議論だけで語れるのが良い。

結局、今の所、
 \Delta W = \int_{v/2}^V p(v)dv=k_B T \int_{v/2}^V dv/v = k_B T ln 2
は、直感を織り交ぜた議論により、なんとなく正当性があると考えられているにすぎないってことだね。

自分の感想をいうと、相互エントロピーなど、情報理論からのエントロピーの定義の仕方は、量子論的な定義の仕方よりもうまくいくのではないかと思う。

ボルツマンは、等充率の仮定を大胆に持ち込むことで、統計力学を創始したけど、情報理論からエントロピーの枠組みを決める方が広い現象を扱えるのではないかと思う。

あと、非平衡系でボルツマン方程式を使うことがあるけど、あれはやめた方がいいと思うね。