H定理

H定理(1872年)の批判で、

ロシュミットによる批判があるけど、
「時間対称的な力学から不可逆過程が導かれるはずがない、どこかに間違いがあるはずだ」


ボルツマン方程式は散乱を分布関数で扱っているので、力学系ではなくなっているんだね。量子論では散乱はS行列で確率的に扱われるから、ボルツマン方程式と相性がよい。よく古典系のシュミレーションで完全弾性の粒子をぶつけたりするけど、これはあくまでも力学系なので、ロシュミットの批判が当てはまる。しかし、chaoticなので、大体の場合ボルツマン方程式と同じような振る舞いを示す。

ボルツマンの時代には量子論がなかったので、chaoticな振る舞いにその根拠を求めたのが、長年にわたる混乱を招いたのだと思う。エルゴード理論とか再起定理とか物理的にはナンセンスな議論が繰り広げられた。そりゃ、力学系だと思っていれば、いろいろ疑問は生じるよね。

エントロピー増大の理由をいわゆる粗視化に求めるのも正しくはないと思う。あくまでも量子論的な効果がボルツマン方程式の時間に対する非対称性をうむ。

ボルツマンが量子論が成立したあとにH定理を確立していたなら、批判をうまくかわして精神を病まずにすんだろうに‥

時代の先を行き過ぎていた理論だったんだね。

後、相互作用のある系をあたかも自由粒子の集まりだと思って分布関数を与えるやり方(古典的にはハードコア散乱で相互作用が局所的に与えられる。)に疑問をもっていたけど、ヒルベルト空間上の状態ベクトルを単に自由粒子の基底で展開しただけだから、問題はないんだね。これも納得。

今日はいろいろすっきりした。


追記
久保亮互の統計力学(岩波 第二版 1978年)のp281にBoltzmannの衝突数算定の仮定について書いてあった。衝突項
\Gamma(f)=-\int\int\int d p_1dp'dp_1'f(\bf{r},\bf{p},t)f(\bf{r},\bf{p_1},t)(\bf{p},\bf{p_1} | \sigma |  \bf{p'},\bf{p_1'})
 + \int\int\int d p_1dp'dp_1'f(\bf{r},\bf{p'},t)f(\bf{r},\bf{p_1'},t)(\bf{p'},\bf{p_1'} | \sigma |  \bf{p},\bf{p_1})
について

「希薄な気体でつぎつぎに起こる衝突は過去の記憶に担うことはないだろうという推定による。」
と書いてある。

力学系で、これを良い近似とみることができても、この仮定が時間反転対称性をやぶる原因になる。量子論だと「‥」を正当化することができる。散乱された後の粒子は過去の記憶を無くすからだ。

力学系で平衡状態が実現されるかについての議論については、外界との相互作用を考える話(孤立系は存在しない)もあるようだが、これは問題を外界になすりつけただけで、本質的な解決になっていない。

そういえば、decoherenceも外界との弱い相互作用で状態が決定されていく考え方だったなぁ。

ミクロがマクロに結びつくかという話は難しいよね。観測されるものは結局マクロな量だし、シュレディンガーの半死半生の猫の話に結びつくね。