博士論文の要旨

こんな感じにした。本文はまだない。

題 流体力学における変分原理の改良
 
 解析力学場の理論では系の運動方程式は、作用と呼ばれる汎関数を最小にする変分原理で定まる。同じように流体においても、運動方程式を変分原理によって求めることが試みられてきた。流体の流れ場を記述する方法にラグランジュ描像とオイラー描像の二つがある。ラグランジュ描像では流体粒子ごとの物理量の時間発展を見る。一方、オイラー描像では空間に固定された点で物理量の変化を見る。
本論文の前半では、完全流体の変分原理について議論する。ラグランジュ描像での完全流体の変分原理の定式化は古くから知られていて、ラグランジアン密度は運動エネルギー密度と内部エネルギー密度の差で与えられる。作用はこのラグランジアンの時間空間積分で与えられる。質量保存と断熱条件とをホロノミックな拘束条件にして、この作用の停留値問題を解くとオイラー方程式が得られる。この定式化をそのままオイラー描像に適用すると渦度のある流れ場を導けない。オイラー描像で渦度のある流れ場を導くには、クレブッシュポテンシャルと呼ばれる補助場を導入する必要があることが知られている。しかしながら、その物理的な意味は不明瞭であった。ラグランジュ描像での変分原理では、時間両端で流跡線を固定する条件が使われている。本論文では、オイラー描像での変分原理におけるクレブッシュポテンシャルがこの条件を課すために使われていることを示す。また、完全流体のハミルトニアン形式についても最適制御理論の観点から議論する。
 本論文の後半では散逸のある流体の変分原理について考える。散逸系では断熱条件は成立しておらず、流跡線に沿ったエントロピーの変化は散逸関数によってきまる。非平衡熱力学では、この変化がわかれば線形現象論の範囲で散逸力を導ける。この枠組は、散逸関数が二次形式で与えられるとして、散逸関数の変分から散逸力を求めることと同等である。最小作用の原理から求まる非散逸流体の運動方程式に散逸力を加えると散逸流体の運動方程式となる。つまり、非散逸部分と散逸部分は別々の変分原理で求まる。線形の運動方程式ならば、オンサーガーの変分原理と呼ばれる方法で一つの汎関数の停留条件から両者を導くことができるが、一般には一つの汎関数の停留条件から両者を導けない。
散逸系では、エントロピーの変化を表す式から非ホロノミックな拘束条件が得られる。完全流体の変分原理で用いた断熱条件をこの拘束条件に換えることによって、散逸流体の運動量のつりあいの式が得られる。この式に線形現象論から得られる散逸力を代入すれば、運動方程式が得られる。粘性流体に適用すれば、これはナビエ・ストークス方程式である。この場合のハミルトニアン形式についても最適制御理論の観点から議論する。
 上記方法は複雑流体にも適用可能できる。論文中ではマクスウェルモデルの粘弾性流体や高分子溶液への適用例を示した。いくつかの複雑流体の運動方程式は、考えやすい散逸をモデル化して、従来の変分原理の枠組みで導きだされてきた。しかし、上記のように、この変分原理は本質的には非散逸系に対する最小作用の原理であり、散逸系の方程式を導くにはあとから散逸力を付け加える必要があった。本論文では、非ホロノミックな拘束条件を考えて、散逸力を含んだ運動量のつりあいの式を導ける、散逸系に固有の変分原理による定式化を新たに提案したことになる。