マッハ原理について

マッハの力学史は古い本で初版が1883年。内容はニュートン力学の絶対空間についての批判である。

ニュートン力学によると慣性系の中で特別な系として絶対静止系と呼ばれるものがある。よくよくニュートンの言説をみると、ニュートンは絶対静止系について注意深く検証しているのである。ニュートンは以前から慣性系を変えても物理法則は変わらない知られていた。それをガリレイの相対性原理と呼ぶ。

それでもなおニュートンが絶対静止系を考えたのは、以下の理由からだ。

ニュートンの水桶という思考実験がある。
水桶に水を入れ回転させると水面が縁に向かって盛り上がる。これは高校生でも知っている遠心力によるものだ。遠心力を考えるとき地面の方は静止していると考える。これを逆に考えて、回っているのは地面の方だとしたら水桶の中の水には遠心力が働かないはず(なのかな?)

これをニュートンは宇宙規模で考えた。地球が赤道で扁平しているのは遠心力のためであり、絶対静止系に対して、絶対回転しているからだと考えた。つまり、遠心力の観察をもって絶対静止系を決めることが可能だとしたのである。

ここで注意するべきことは、回転運動というのは、加速運動の一種で慣性系ではないことである。アインシュタイン特殊相対性理論によって、ニュートンの絶対空間という考え方は否定されたという見解があるが実は正しくない。
(注:相対性理論が間違っているなんて主張でないです。)
アインシュタイン特殊相対性理論ニュートン以前に知られていたガリレイ相対性理論は、慣性系間を結びつける法則としては、ぶっちゃけ大きな違いはない。アインシュタインによって慣性系の扱いは修正されたが、それによって、ニュートンの水桶の議論に対して、何か決定的な結論を出したわけではないのである。

ニュートンの理論、アインシュタイン特殊相対性理論に共通しているのは、物体とは独立した概念としての空間である。空間は物体がなくても存在すると言う前提が暗黙にある。

一方、マッハはある物体の運動は他と比較できるものの存在があって意味をなすという考え方である。つまり、原理的に分かるのは他との位置関係を比較して得ることのできる相対運動だけであるという主張だ。

実はアインシュタインはマッハの主張を強烈に意識していて、アインシュタインの原著論文を読むと距離とは物理的なモノサシがあって、どうのこうのって議論をしている。つまりモノサシとの比較をもって運動を記述しようとしていたのである。最初、原著論文を読んだときは、なんてまどろっこしいことをしているんだと思ったが、思想の背景にはマッハの力学史があったのである。

さて、地球の自転であるが、マッハは相対的な運動として考えたときに天動説も地動説も等しく真理であると考えている。地動説の立場を取るのは数理的な問題に過ぎないと言い切っている。ただ、他の星との相対的な運動のみが問題である。

マッハはニュートンの水桶の議論を、相対運動ということだけに着目して遠心力を定義することは出来ないだろうかと考えた。

さて、地上にある回転する水桶について、もう一度考察してみよう。
整理すると

用意されたもの

水、水桶、地球

回転する水桶が教えてくれる事実

水の器壁に対する相対回転運動が、顕著な遠心力を起こさないこと
遠心力が地球(質量大)に対する相対的回転運動によって起こされること

となる。

じゃあ、水桶の壁をどんどん厚くして地球よりも厚くしたらどうなるだろう?

水の地球に対する相対的回転運動の影響と、水の器壁に対する相対的回転運動の影響を比較すると、後者の影響が水桶の壁を厚くするにつれて上回るのではないか?

マッハはそう考えたのである。

マッハの言説を読むと、物質と切り離した空間の概念に疑問を呈していることが分かる。つまり、加速が他の物体に対する相対的な運動として定義される。(マッハは、遠方の銀河に対する加速を定義するべきだと考えていた。) つまり、空間中の他の物体の分布が変わってしまうと物体間の力(水桶の場合では遠心力)も変わってしまうのである。

ちなみに、ニュートンの水桶の議論を相対性理論の立場で議論した論文はHans Thirringによって一般相対性理論の発表後直ぐになされている。しかし、これには批判的な見解が散見する。

その批判的な論文としては、
On the history of the so-called Lense-Thirring effect - Philsci-Archive
がある。これを読むとHans Thirringの論文は、相対性理論の適用法からして間違いがあるようである。
仮に彼らの結論が正しいとしても、彼らが求めたのはコリオリ力であり、マッハが議論したのは遠心力であるので、マッハの議論に答えを与えていない。

僕はマッハ原理を相対性理論から答えるのは難しのではないかと考えている。そして、マッハ原理は今もなお、加速度の概念を大きく変えるような問いを発し続けているのである。