もう物理に微分方程式なんて古いよね。

京都の研究集会

オイラー方程式の数理: 力学と変分原理250年」@京都大
部屋:420  期間:2010-07-12〜2010-07-14
RIMS共同研究「オイラー方程式の数理:力学と変分原理250年」

はなかなか刺激的な会だった。今回は自分も発表させてもらったのだが、それは後で書くとして面白かった話、印象に残った話を書いてみる。いろんな人と話をさせてもらい勉強になった。

あくまでも僕の記憶の話。正確な話は後に出る講義録を参照

初日の一人目、二人目は科学史の人だった。

伊藤 和行 (京都大・文)
18世紀における力学理論の発展と流体力学の誕生
17世紀に誕生した近代力学が,我々の馴染んでいるような姿を持つに至ったのは18世紀のことである.力学理論の代数化・解析化が進められ,運動方程式が定式化されるとともに,理論の適用範囲も質点から剛体や流体の問題に拡大された.この流れの中で流体力学も誕生している.発表では,ベルヌーイ親子やオイラーを中心に,流体力学の誕生にも触れながら,ラグランジュまでの力学の発展を概観する.

有賀 暢迪 (京都大・文)
黎明期の変分力学——オイラーからラグランジュ
変分法とそれを用いた力学原理の定式化は、18世紀中頃、オイラーラグランジュの手で始められた。今日から見ればその成果は限られたものだが、後代につながる歴史上重要な発想と手法を生み出したことに変わりはない。講演では、二人の変分力学が実際にはどのようなものだったのかを、その形成過程を辿りつつ紹介する。

要約

ニュートン微分方程式で物理を理解してなかった。むしろ幾何学的に理解していた。
物理で座標を使ったのはオイラーが始まり。
変分原理と微分方程式はほぼ同時期に発展した。
変分原理が微分方程式を再現するように決まるという考え方は、ランダウ以降。
変分原理が考えられた17世紀18世紀は、変分原理によって描かれる幾何学的な曲線に関心があった。

ここからは僕の推測。ろくに調べないで書いてるので間違いの可能性あり。

マッハが活躍した19世紀後半は、微分方程式や座標が当たり前のように使われていた。マッハはニュートンの仕事が微分方程式と座標を作ったことに勘違いしていた。そして、その時代に受けいられるようになった物質とは独立にある空間(座標)という概念に疑いを向けていた。

電磁気の法則もファラデーの時代は、電気力線、磁力線という幾何学的イメージで捉えられていたが、マクスウェルの時代になって、微分方程式として理解されるようになった。

20世紀には微分方程式による記述が普通になる。

現在も微分方程式を立てることが物理の問題を解くという理解。

さて、21世紀も20世紀の遺物(微分方程式)で物理をやりますか?いちいち空間を設定しながら物理をやりますか?

電磁気学を学ぶと、最初は歴史にならい物理法則は積分の形で与えられる。そして次に微分方程式(マクスウェルの方程式)で与えられる。マクスウェルの方程式は1形式で与えられ、U(1)のゲージ場として理解される。

僕はつい最近まで微分形式は微分方程式の代替物のように感じていた。M1の頃にトポロジーをやっている人に「物理は微分方程式が重要だから局所的なことが分かれば十分で大域的なことを考えることが重要になる場合なんかあんまりないよ」とまで言ってしまったことさえある。

微分形式って実は積分の範囲を指定しないで書いているだけであって、微分方程式の代替物ではなく、積分を抽象化したもの。

積分の形で物理法則を考える場合、保存則が基本になる。微分の形で物理法則を与えると、そういうことは忘れ去られてしまう。微分方程式の上では保存則以外の項も入れることは可能。

電磁気学の演習など学部一二年ぐらいしかやらないだろうと思うが、電磁気学の問題には積分形でのビオサバールの法則でしかとくことのできない問題とかが存在する。マクスウェルの方程式ではどう頑張っても解けない問題とかがあり、マクスウェルの方程式が電磁気学を全て記述していると思うのは大きな間違いである。

ファラデーの電気力線や磁力線の概念には物質とは独立な空間の概念が必要ではなく、僕はファラデーの方法に立ち返る必要があるのではないかと思っている。今井功の「電磁気学を考える」には、ファラデーの方法に戻ることが電磁気学を理解することだと説いている。

そして、ファラデーの方法は圏論と非常に相性が良いように思える。

ファラデーの力線から圏を考え、その表現の舞台として空間を考え、微分方程式としてマクスウェルの方程式を与えるという見方はできないだろうか?

量子力学圏論を使って考えることができそうだ。量子系に応じて圏を考え、古典系へのファンクターを考える。

空間を設定する微分方程式って、系から導出されるもので、そこに本質はない。そういう見方が普通になっていけば、もっと豊かな物理像が描けるのだと思う。

18世紀にオイラーが作った発明は偉大だった。
物理現象の舞台として空間を設定するのは、物理現象の数学的記述を容易にし、物理学の多大な発展の礎になった。マッハは、オイラーの仕事をニュートンの仕事だと誤解し、そして、現象の舞台として空間を物質とは独立に与えることに疑問を投げかけた。アインシュタインは、マッハの仕事に敬意を払ったが、彼の作った相対性理論はマッハの自然観と異するものだった。ニュートンの仕事(正確にはオイラーの仕事)に若干の修正を与えたにすぎなく、空間と物質の関係に迫ることが出来なかった。

ファラデーの法則が全く正しいと言うつもりはないが、マクスウェルの方程式は深く反省してみる必要がある。

空間という概念を反省してみる必要があるだろう。マッハがこの時代に産まれたなら、100年前と同じ本
マッハ力学史〈上〉—古典力学の発展と批判 (ちくま学芸文庫)
マッハ力学史〈下〉—古典力学の発展と批判 (ちくま学芸文庫)
を書くと思う。

時空(笑)、ヒルベルト空間(笑)、内部空間(笑)、ゲージ(笑)

今物理にある幾何概念はマッハの批判を逃れることができない。

そして、もう寝る。