幼稚園児でも分かる量子力学

圏論量子力学の関係を勉強するのに、bob coeckeのpaper

introducing categories to the practicing physicist
http://web.comlab.ox.ac.uk/oucl/work/bob.coecke/Cats.pdf

Kindergarten Quantum Mechanics(幼稚園児でも分かる量子力学)
http://web.comlab.ox.ac.uk/oucl/work/bob.coecke/VaxjoProc.pdf
を読んでみた。

ベル状態や量子テレポーテーションを語るには観測の問題(波動関数の収縮)について触れなくてはいけないが、bob coeckeのpaperは、それについての記述がなく、片手落ちな印象はぬぐえなかった。

観測の問題(波動関数の収縮)は非常に難しい問題で、現象として理解はされているが、どのように定式化するかということについては、これといった方法はない状況だ。

観測の問題を省いた量子論の絵図的解法は面白いと思ったし、確かに量子論を公理的に構築した時に持って欲しい代数的な性質は、絵図で表せていると思う。

量子力学波動関数が何故L^2であるかについては、自己共役演算子が作用する空間がL^2だからと言う説明の方法があるが、これが量子論の重要な性質を担っており、Kindergarten Quantum Mechanicsでは絵図に向きを定めることによって、共役演算子、双対基底(ブラ、ケット)が定義されていて、なるほどなぁと思った。

まぁ、しかし、これと同じことは、ブラ、ケットの記号と演算子の通常の量子力学の記法でみることができ、ブラ、ケットの表記法が優れた表記法であるかを確認することができた。

圏論的な表記方法が、ブラケットに勝るためには、観測の問題を圏論で扱うことができなくてはならない。僕が圏論に期待するところは、観測の問題を議論するための手法を圏論が提供してくれるのではないかと言うことである。

観測の問題とは、ミクロな現象がマクロな現象とどう結びつくかということとつながっており、また熱と深く関係している。

我々が何かミクロな挙動を観測するときは、それをマクロな量に結びつけて観測している。シュレディンガーの猫を持ち出さなくても、カミオカンデ光電子増倍管を思い出してくれれば十分だ。

光電子増倍管は文字通り、一つの光子をきっかけに光電子を生成し、それがさらに二次の複数の光電子をたたきだし、それが更に‥と電流としてマクロな量になるまで繰り返す。

そして、マクロな量になると、もはや、量子論の状態の重ね合わせはなくなる。つまり、マクロな電流になった時に波動関数の収縮が起きる。これについては、「いやいや、これはスケールの問題でどんなにマクロな量になっても干渉はしますっせ」と言う意見もあることもあるが、僕はミクロとマクロには無限大を繰り込むような超準解析のような現象が起きているのだと思っている。微小だけど干渉が起きると言う立場とそれははっきりゼロとすると言う立場では、数学的な主張が異なる。

量子論的な状態の重ね合わせが何処まで効くかについてだが、メソスコピック系の物理で実験はされていて、従来は考えられなかったような大きさまで、状態の重ね合わせが確認されている。うーん、難しい。

無限大の繰り込みとは何か?ミクロとマクロとは何か?それについては僕の理解が及ばず、はっきりしたことが言えないのだが、あえて言うと、

ミクロを記述する量子論の圏とマクロを記述する圏には、共変関手が存在しなく、準同型を与えるような関手しかない。こういうものが、ミクロとマクロの物理に階層構造を与えているのではないかと考えているが、メソスコピックな物理現象が実験で確認されているとなると、階層を分けるスケールって一体何?となる。

それを言ったところで、重ね合わせにある量子状態から、一つの量子状態が選ばれることにはついては何も言っていない。いや、関手が準同型的なものなら、ミクロからマクロな圏に移る時に、どのマクロな状態を選ぶことは原理的にいうことができないのかもしれない。

こういう議論をもっと精巧にする為には圏論を知らなくてはいけないなぁ。うー。




自分でも良く分かってない話はこれくらいにして、次は熱と観測の関係について。


量子状態を観測するということは、波動関数に射影演算子を作用させることに相当する。一度、射影演算子波動関数に作用させてしまったら、もとの状態を知ることはできない。つまり情報が落ちてしまう。

情報理論でのシャノンエントロピーと物理の熱力学のエントロピーに数学的な関係があるように、熱と情報は深く結びついている。

これを思考実験でジラードエンジン(szilard engine)というものがある。ランダウアーが示したところによると、エントロピーが上昇するのは記憶を忘れた時であるということが分かる。

この実験の示唆することは大きい。マクスウェルの悪魔という統計力学がはじまった頃からある議論があるが、ランダウアーの話ができるまでは、マクスウェルの悪魔エントロピーを増やすのは、気体分子の動きを見ている時だとなんとなく考えられていた。しかし、ランダウアーの思考実験によりエントロピーが増えるのは、悪魔が気体分子の運動の情報を忘れ去った時だということを示された。

とここまで書いたのだが、wikiに良い解説が書いてあった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AD%94

wikiに書いてあることばかり書いても悔しいので、ちょっとしたコネタを。
ビリヤードの運動を計算機と見なす、ファインマンの思考実験がある。この思考実験によると玉が力学法則に運動している間はエントロピーが上昇しないことが分かっている。これは力学法則が可逆計算になっているからだ。新しく計算する為には、玉を止めなくてはならない。玉を止めてしまえば、玉が何処から飛んできたか分からなくなる。つまり過去の記憶がなくなる。

エントロピーが上昇するタイミングを知るためには、どのタイミングで過去を忘れるかが重要だ。




とまぁ、ここまでつれづれ書いたが、bob coeckeのpaperで何が不満だったかと言うと、彼のpaperには、この手の議論がなかったのである。ベル状態が自明であると言う為には、波動関数の収縮、ミクロとマクロの関係、エントロピーの上昇(この3つは互いに深く関係している)について、言及している必要がある。

絵図を見せて、これがベル状態だと言うのでは不十分だ。

bob coeckeのpaperが勉強をするきっかけになったので、良かったといえば良かった。

追記:射影演算子の記述がないのは、入門的な話に限ったからではないのだろうか?
こちらの論文には
http://arxiv.org/PS_cache/quant-ph/pdf/0402/0402014v2.pdf
そこらへんの考察がされているのではないかと思う。しかし、射影演算子の扱い方が、良く分からない。bob coeckeは、情報の流れとして量子力学を記述したいのかもしれないが、観測の問題を触れずにして、量子情報理論の本質を捉えるのは不可能だと思う。

参考文献
量子暗号と量子テレポーテンション 大家雅則 渡邉昇 共立出版
量子論の基礎 清水明 サイエンス社

bob coeckeのpaper
introducing categories to the practicing physicist
http://web.comlab.ox.ac.uk/oucl/work/bob.coecke/Cats.pdf

Kindergarten Quantum Mechanics
http://web.comlab.ox.ac.uk/oucl/work/bob.coecke/VaxjoProc.pdf