ベル状態について。
Abramskyのベル状態の絵図が何を意味するかが分かったけど、この説明、分かりにくいよ。
圏論研究会は、毎度教えてもらうことが多くて勉強になる。新しい分野を勉強するには、耳学問から入るのが良いのかもしれない。未だに圏論の教科書を満足に読んでない僕でも、月一回の勉強会で圏論がなんたるかが分かってくるようになった。
さて、量子状態の定義の仕方だけれど、檜山さんのベクトルの説明が分かりやすかったので、ヒルベルト空間の圏論的な見方が分かるようになった。
物理の標準的な教科書を読めば、ヒルベルト空間があって、量子状態はその元(つまりベクトル)として与えられている。
ヒルベルト空間って、本当に必要なものなのだろうか?だいたい、状態ベクトル|φ>そのものは見ることも感じることもできない。エルミートな演算子Aを持って、<φ|A|φ>が観測量として知ることができるのみだ。
diracが作った行列力学は、演算子の具体的な表現を前面に持ってきているので、量子状態がヒルベルト空間上のベクトルであるのがあたかも自然なことのように思えるが、ヒルベルト空間を考える必要性はない。
簡単のため、有限次元(n次元)の例で説明すると、
まずは、普通の量子力学について。
何かエルミートな演算子Aが与えられているとする。このとき、Aはn×nの正方行列となり、量子状態|φ>はn次元のベクトルとなる。(|φ>は縦ベクトル、<φ|は横ベクトル。)<φ|A|φ>は、(統計量としての)物理量の期待値になる。観測される物理量<φ|A|φ>は、これである。
しかし、
こういう見方もできるよね。
φ>は、複素空間から複素n次元空間への写像とみなすことができる。つまり、の元と見なすことができる。 |
一方、<φ|は、複素n次元空間から1次元複素空間への写像とみなすことができる。つまり、の元と見なすことができる。
これらはみんな同相だからね。
==
さて、物理量Aが、<φ|と|φ>のペアではさまれて、統計量としての期待値<φ|A|φ>で与えられることから、以下のように状態を定義することも可能になる。
定義 Hilbert空間Hで記述される量子力学系のおいて、自己共役作用素
を物理量といい、を物理量といい、から、への写像(汎関数)
で以下の3つの条件を満たすものを状態という。
(1)線型性:
(2)規格化: Iは恒等演算子
(3)正値性: は共役作用素
これらは、単に物理量をAを<φ|と|φ>のペアではさんで得られる性質を列挙したに過ぎない。
(1)は|φ>の線型性から明らか。(2)は<φ|I|φ>=<φ|φ>=1より明らか。(3)は<φ||φ>≧0より明らか。
量子状態は、物理量がAについての行列表現 が得られた時に、密度行列(量子状態の表現)を用いて、
と書ける。
これが、(1)(2)(3)を満たしていることは明らか。
状態ベクトル|φ>との関連で密度行列ρを表すと、ρ=|φ><φ|となる。
つぎに、観測による波束の収縮について。
量子状態|φ>,φは物理量Aに対して、統計的な期待値<φ|A|φ>、φ(A)を与える。
これは、複数回観測すると、期待値として、<φ|A|φ>、φ(A)を得ることができることを意味する。
一回、一回の観測に置いては、波束の収縮が起きている。
波束の収縮とは、
物理量Aが与えられ、観測値として、aが観測されたときに、aは物理量Aの固有値になっていて、状態ρは射影演算子Pによって、P:ρ→|a>はAの固有状態ベクトル)になる。この際にどの固有状態になるかは、もしくはどの射影演算子が作用するかは、量子状態 |φ>,φによって確率的に与えられているだけで、分からない。
これで、量子論のざっとした説明は終わり。
量子状態は、ベクトルで考えても、汎関数で考えてもどちらでもよい。
いよいよ、ベル状態について
まずは、ベル状態の簡単な説明。
量子系AとBがあって、「Aが0、Bが0」である状態と「Aが1、Bが1」である状態の重ねあわせ状態を考える。例えば、
とする。こんな量子系をどうやって与えるのかというと、スピンなどの保存する物理量をつかってベル状態を用意することができる。
単純な例:ある原子があって、これが二つに分裂する。スピンの合計は0だとし、分裂した片割れは必ず、up|↑>かdown|↓>であるとすると、片方がupなら、もう一方はdownとなる。式で表すと、
となる。
アリスがup|↑>を観察すれば、ボブはdown|↓>を観察する。
これは、アリスとボブどちらが先に観察するとかは関係ない。仮にアリスが先にupを観察をすれば、
射影演算子Pをアリスが作用させることになり、状態を
から、
に変えることになり、ボブは、観測された状態 P|φ>を観測することになる。これは常にdownを観測することになる。ちなみにアリスがdownを観測してボブがupを観測する射影演算子Q
存在する。どちらかが選択されるかは確率1/2で分からない。
ボブは自分の観察を元にアリスが観察した内容(up)を知ることができるが、意味のある情報がアリスから送られてくるわけではない。
それはアリスがupをあらかじめ用意したのではなく、観測の結果たまたまupになったというだけの話であるからだ。つまり、情報の因果律は守られることになる。
量子テレポーテーションを行うには更に、手間をかけなくてはならないが、ここでは問題にならないので、省く。
さて、
Abramskyの"Temperley-Lieb algebra: From knot theory to logic and computation via quantum mechanics"にあった図であるが、これは何を意味しているのだろうか?
えっと、この図は下から読んで行くので、青い▼はケットベクトル。圏論的な見方をすれば、Alice側のの空間をケット空間Hで表すとすると、の元になる。(は、ケットベクトル空間と同一視できる。)このときスター関手(Bob側の空間)をブラ空間H^*で表すとする。
上のピンク▲は、ベル状態を表し、で、スピンの例だと、
となる。
下のピンク▼も、ベル状態を表し、で、
となる。
の左側はアリスの観測するスピンで右側はボブの観測するスピン。
上のピンク▲と下のピンク▼は独立の存在するのではなく、三角恒等図式を満たすように存在する。
つまり上のピンク▲と下のピンク▼が合わさったものは、Alice側の固有状態をそのままBobに伝えるものになっている。
上のテンソル計算をしてみれば、Alice→Aliceの恒等演算子になっていることが分かる。
確率的な重み1/2は、経路の途中に重みをつける関数があると考える。
それを考慮すると、図は、
となる。f,gがそれぞれだとすると、すぐ上の二つの式は、それぞれ
となる。
状態を測定するということは、物理量のどの固有状態が実現されるかを知ることに他ならない。
Alice側で、固有状態|↑>と|↓>を用意する。
upを観測する確率は、ベル状態を<↑|と|↑>ではさめばよく、1/2になる。
downも同様に1/2になる。
Alice側で実現される固有状態がup|↑>であるか、down|↓>であるかは事前に知る方法はない。
量子テレポーテーションを行おうと思うと古典チャンネルとの併用が必須だ。
Aliceの観測によってどの射影演算子Pが実現されたかという情報をBobに送って、それをもとにAliceの送りたい量子状態をBob側で再現するというロジックが必要になる。古典チャンネルをつかう一手間がかかるのだ。これによって、因果律は守られることになる。
つかれたぁ。おわり。
参考
酒井さん http://www.tom.sfc.keio.ac.jp/~sakai/d/?date=20080810
檜山さん http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20080811/1218442387
この論文の方が詳しそうだ。
CATEGORICAL QUANTUM MECHANICS