「物理法則はいかにして発見されたか」の感想文

ここしばらく、研究について考えていて他のことに気を回す余裕がなかった。

とはいっても、Google Gadgetsで遊んでたりしていたのだけれど‥
あと、はてなのデザインとかいじってみたり。

あれ?気を回す余裕あるじゃん。

それはそうと、ファインマンの「物理法則はいかにして発見されたか (岩波現代文庫―学術)」を一週間前ぐらいに読んだ。感想を言おうと思いながら、時間が過ぎてしまった。

物理法則はいかにして発見されたか - hiroki_fの日記

これは名著です。第一部はコーネル大学での一般向けの講演。第二部はノーベル賞受賞講演になっている。

気になったことがいくつかあったので、感想を書いてみたいと思う。もっとじっくり考えてから書こうと思ったのだけれど、忙しくなってきたので、とりあえず勢いがあるうちに書いちゃえ。

第一部

1 重力の発見の歴史→最小作用の原理→対称性と保存則
2 量子力学→確率と不確定性→新しい物理法則
となっている。この講演の優れているところは、物理の考え方のみならず、発見までのプロセスが詳細に語られているところだ。ただ、一般向けの講演とはいえ、彼のやさしい説明を理解するには、物理学を一通り学んでないと無理な気がする。例えば、物理を良く知らなかった高校生の頃だったら、この講演から何を感じることになるのだろうか?

1 重力の法則-物理法則の一例として
ケプラーの法則ニュートンの重力方程式の流れになっているが、後の講演で度々具体例として、引き合いに出される。潮の満ち干きの説明が個人的には面白かった。

2 数学の物理学に対する関係
個々の知っていること(あれは知っている、これは知っている)の集合であるバビロニア式数学と公理系から展開するギリシャ数学(幾何学)を引き合いにだして、物理はバビロニア式数学がよいだろうと述べている。

物理ではある法則から演繹で得られた結果が、その元となる法則よりも広い範囲で適用できることが多く、それが物理法則の発見の歴史であるから、物理学が発展している間は公理系を考えるのは、良い考え方ではないとファインマンは言っている。

とはいえ、ファインマンは他の原理から別の法則を導出することに長けているので、単純に「物理は数学みたいに公理系ではないんだ」と考えるべきではない。つきつめて公理系を考えた上で、それにしばられないように物理を発展させるべきだと言っているように思える。

物理学を勉強して良いなと思うことは、自然を観察する行為が想像力を超えたところに人を導くことである。自然現象の観察なしで、誰が量子力学を想像することができるだろうか?光速不変の原理を知らないで、相対性理論の結果を知ることができるだろうか?

僕は人の想像力をある意味信頼しているし、ある意味限界があるものだと感じている。
そんな感想を抱いたのは、高校生の頃だった。テレビ番組でアノマロカリス - Wikipediaの発見史が特集されていて、最初アナロジーで海老が想像されていたが、調査の結果、現生のどの動物群とも類似していない生き物だということが分かった。その奇妙な容姿に、人間の想像力の限界を感じた。古代から色んな怪獣、化け物が想像されたけれど、全てが何かの動物の組み合わせだったりして、ゼロからの想像なんてなかった。自然に聞くということは、想像力を超えたところに連れてくれるのだと感じた。鼻を触手のようにする象を見たことがない人が象を想像できるかは疑わしい。

この節で気になったことに、ファインマンニュートンのプリンキアに関する説明があった。
p63

彼が幾何学的な方法をとったのかと申しますと、彼の論文を人々が読めるようにするためであります。私が今説明しましたような微分法という数学はニュートンが発明したもので、当時の人々は全然しらなかったのです。

僕はこの説明をどこか*1で読んで、長いこと信じていた。でも昨年、山本義隆が物理学の歴史について京大の数理解析研究所http://fluid.mns.kyutech.ac.jp/rims2007euler/で講演「Eulerの力学」していたのを聞いて、事実は違うことを知った。*2ニュートン微分法を現在知られているような形では発見していなくて、その萌芽を見つけたに過ぎない。つまり、ニュートンが到達できたのはプリンキアでかかれているような物理であって、微分方程式や重力方程式は歴史に埋もれた誰かの発見なのである。おそらく22世紀になったら、20世紀の物理学上の多くの発見はアインシュタイン一人の業績として記憶されるのだと思う。


あー、長くなってしまった。

3 保存という名の大法則
p95

保存されるものがあれば、相対性原理によって、それは必ず局所的に保存されるのでなくてはなりません。

が面白かった。手短に言うと、

相対性原理によって慣性系での同時刻面が異なるので、保存則が局所的でないと慣性系によっては保存側が破れてしまう。もしこうなってしまうと、保存則が守られる特殊な慣性系が存在してしまうことになるので、それは相対性理論の慣性系に区別はないという原理と相容れない内容になってしまう。

といったところだろう。同時刻面については、http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/cgi-bin/pukiwiki/index.php?%C1%EA%C2%D0%CF%C02008%C7%AF%C5%D9%C2%E8%A3%B6%B2%F3
がめちゃくちゃわかりやすい。とくにこのプログラム電車の思考実験(グラフ付き)は素晴らしい。保存則が局所的であることを説明するのに調度よい。

左右からでる玉をそれぞれ+、-の電子だと思い、電車の中にいる人の立場で壁の両端から+,-の電子が生成した思う(つまり玉が壁と触れた瞬間に陽電子と電子が生成したと思う。)と、電車の中に居た人の立場では同時刻でも、止まっている人の立場からみれば、異なった時間で陽電子と電子が生成したことになり、保存則は電車の中の人(電車の慣性系)でしか成り立たないことになる。これは全ての慣性系が等価であるという相対性理論の主張と相容れない。

個人的には面白かった。

4 物理法則のもつ対称性

この章はネーターの定理についての説明だった。この定理には物理法則が最小作用の原理で記述できるという前提がある。まあ、普通は最小作用の原理が成り立っていると思っているから、ネーターの定理が言えるのだけれど。


物理法則が距離だけに効いて位置には効かないことから運動量保存が。

とりあえず現在の知られている物理法則については、時間をずらして実験しても、結果が変わることがないので、エネルギー保存が。

実験装置を回転させても結果が変わらないので角運動量保存が。

同じく慣性系についても4元角運動量保存が成り立つ。

ここまではふつうのネーターの定理の説明。

面白いと思ったのはマッハの原理についての言及。要するに自転についての記述。
自転運動というのは相対的ではないということ。例えばクルクル回っていれば、回っているほうは遠心力が働くので、どちらが回っているのかが区別がつく。

p147

どんな運動も相対的だという主張は誤りです。それが相対性理論の内容なのではありません。


マッハは、自転とは何に対しての回っているのかと言うことを考えた。つまり自転の基準を最終的にどこにとるのかということだ。マッハは銀河系(宇宙)だとした。しかし、自転の効果がどこ(例えば銀河系)から生じるかについては、実証を得ていない。

自転の基準は地球上だったら地球にとるのが良いように思える。では地球の自転は太陽系?銀河系?

これについてはおもしろい実験がある。超流動体をビーカーに入れとくと回転しはじめる。これは超流導体がビーカーの壁面から力を全く受けないためである。つまり超流動体が力を受けないので、潮流導体の回転はビーカーが回転していることを意味する。つまり地球の自転の効果になる。じゃあ、超流導体は何に対して静止しているのか?宇宙?銀河?

よく分からない。

自転が相対的だと思うと間違った結果を出す例に
単極誘導の実験がある。ローレンツ力を使って電位差を計算するのだけれど、回転が相対運動だと思って‥ (書こうと思ったけど、長くなるので後で書こう。「電磁気学を考える」や「ファインマン物理学」におもしろい記述がある。)

相対性理論アインシュタインがマッハの本に影響を受けて作られたようであるが、マッハが提案した回転バケツ(マッハの原理)については何も言及していない。

5 過去と未来の区別

エントロピー増大の法則の話。
この手の話は秩序とかに結びつけて話がされるが、秩序の定義があいまいなことが多い。結局、秩序とは系から引き出せる情報量のことだと思うが、よくわからない。

秩序が無秩序に推移していくことを以下のように説明していた。(ちょっと改変)
p172

箱の中に白と青の分子をそれぞれ5個いれたのであれば、1年くらい経てば白と青が分離することもありえるでしょうが、1000万の分子がそれぞれ入っていれば、分離するのは不可能です。

何か秩序だった状態から出発し、分子運動のような不規則な作用がある。

そうすれば、現象は一方向きに進むわけであります。

ファインマンに限らず、統計力学の教科書にはこういう説明が沢山ある。

無秩序から秩序への移行は系の構成要素が膨大だと確率的に小さくてありえないので、起こらない。

ただし、構成要素が少数の時はありえるかもね。

でも、実際の系は膨大だから、やっぱ無秩序から秩序状態への移行はないよ。

ってな具合だ。

僕はこの手の確率を用いた説明が良いとは思えない。無秩序から秩序への移行は確率的に小さいからありえないのではなく、絶対にありえないのだ。

例え、分子数が5個だろうが、エントロピーを減少させる現象が起きてはまずい。本質を外している説明に思える。

6 確率と不確定性
二重スリット実験 - Wikipedia実験の話、観測すると干渉がなくなってしまいますよって内容。

これは事実として認めるしかない。何処までが観測対象で何処までかが観測装置とみるかなどの難しい問題はまだ手付かずのままだ。

7 新しい法則を求めて
無限大の発散について少し言及されている。

印象的なのは、新しい法則が発見される時代は終わりが来るだろうと述べられている。
p266

まだ、発見の続けれる時代に生まれ合わせたのは幸運です。

そうなのか。幸運な時代に生まれたのか。

現代の科学はルネッサンスを起源とする。それより以前の1000年間はヨーロッパーの文明は停滞していたわけだ。数百年後また世界的に科学が停滞する時期がくるのかな?で、退歩して、古文書から科学を学びなおす時代がくるのかもしれない。

宗教は、キリスト、ブッタ、ムハンマドからは停滞しているよなぁ。
宗教は当時の最高の学問だったはず。キリスト教はよく分からないけど、日本の儒教や仏教は江戸時代から古文書の解釈しかしてないような気がする。

ノーベル賞講演の感想はまた後ほどに。

*1:たぶんファインマンのこの言及をどこか別な本で読んだのだと思う。

*2:山本義隆が大学に呼ばれたのは本人談によると初めてのことらしい。神部先生が彼の書いた本に感動して彼を会合に招いた。